Log:110131-月/晴/親族の不幸とお客様の接待。
親族である従兄弟のお兄さんが今日、天国に召されました。
俺と4歳しか違わないので、40歳ちょいの早逝でした。
彼の実家はかつて町田にあり、子供の頃良く遊びに
行っていました。今、僕が町田に住んでいるのも
無関係ではありません。
一人っ子だった彼は、子供の頃から身体の弱い人でした。
ただどこか天才肌の風来坊な、どっか飄々と世の中を
斜に構えて見ているような、ミステリアスな雰囲気の
漂う人でした。
小学生の頃の俺に対し
「将来は新聞記者か小説家になりたい」
「誰かに雇われたくない」
と言っていた事は当時の俺には衝撃的で、
今でも鮮明に覚えています。
俺が中学生の頃、マッキントッシュ、というか
PCの類を生まれて初めて触ったのも彼の私物でした。
確かパフォーマだったなぁ…。
その後彼は、某大学を母親に内緒で受験し、学費免除の
特待生になるも、四年時に留年するという、
親孝行なのか親不孝なのか良く分からない離れ業を
やってのけ、その後、学生時代に習得したであろう
スキルを元に、
「フリーパチスロライター」
というこれまた良く分からないけど俺に言わせれば、
“彼らしい”形で子供の頃の「モノ書き」という夢を
ちょっとだけ屈折した形で実現し、生業としていました。
また、出入りの出版社には再三の正社員雇用の
申し入れを断り続けたと、俺の叔母にあたる
彼の母親から呆れ口調で度々聞かされていました。
なんかいろいろ、カッコ良すぎます。
彼の病名は若年性のガンで、余命半年と言われた所を
9ヶ月生きたと聞きます。
晩年の彼は俺ら親族ですらお見舞いをひたすら
拒み続けました。
綺麗な彼女さんをこの世に残し、
結婚もせず、子供も残さず、先に逝っていた
ご両親の元へ、最期も一人でフラリと旅立って
行ってしまいました。
お葬式をやらないという方針はおそらく
彼の遺志なんだと思います。
俺に言わせれば、最期まで、彼らしい。
カッコつけすぎです。
---------
そしてその訃報を僕は居酒屋で、お袋からのメールで
知りました。
俺自身かなり前から楽しみにしていた、
お客様の接待の現場で、です。
それを読んだ瞬間は乾杯の直前で、
思わず「んぐっ」って言ってしまいました。
顔から血の気を引くのを感じ、お客様からは
どうしたの?と聞かれてしまいました。
一瞬、喪に服し、お酒を控えるべきかと
脳裏を過ぎりました。
ただ、ただそれは見舞や葬式を拒む「彼」の
本意ではないと思い、ふっ切り、飲む事にしました。
むしろ、ひたすら飲みました。
この日の酒量は何時にも増して多かったように思います。
お陰でお客様とかなり打ち解ける事ができましたよ。
---------
親族、しかも同じ代の従兄弟が亡くなるというのは
俺も初めての体験で、とてもショックです。
俺に近いDNAがこの世から消失したという意味でも…。
でもこういう事が起きると俺はむしろ
「生きてやろう」と強く、強く強く思うんです。
彼の分まで、とは言えませんし言いませんが、
俺が彼を忘れなければ、彼が生きてきた証と
なりますしね。
子供の頃から常に母子の口喧嘩が絶えない、
そしてそれを寡黙に寝っ転がって見守る父親という
マンガのような三人家族でした。
今頃天国でそれが再開されていると思うと、
俺はむしろ何となく微笑ましく思えたりします。
かなり不謹慎カモだけれど。
僕も今生では実現しませんでしたが、いつかあの世で
酒でも飲みたいなぁ。
神様とかあの世とか信じない俺でも、今だけは
そんなことを都合よく考えてしまいます。
ご冥福を祈ります。
俺と4歳しか違わないので、40歳ちょいの早逝でした。
彼の実家はかつて町田にあり、子供の頃良く遊びに
行っていました。今、僕が町田に住んでいるのも
無関係ではありません。
一人っ子だった彼は、子供の頃から身体の弱い人でした。
ただどこか天才肌の風来坊な、どっか飄々と世の中を
斜に構えて見ているような、ミステリアスな雰囲気の
漂う人でした。
小学生の頃の俺に対し
「将来は新聞記者か小説家になりたい」
「誰かに雇われたくない」
と言っていた事は当時の俺には衝撃的で、
今でも鮮明に覚えています。
俺が中学生の頃、マッキントッシュ、というか
PCの類を生まれて初めて触ったのも彼の私物でした。
確かパフォーマだったなぁ…。
その後彼は、某大学を母親に内緒で受験し、学費免除の
特待生になるも、四年時に留年するという、
親孝行なのか親不孝なのか良く分からない離れ業を
やってのけ、その後、学生時代に習得したであろう
スキルを元に、
「フリーパチスロライター」
というこれまた良く分からないけど俺に言わせれば、
“彼らしい”形で子供の頃の「モノ書き」という夢を
ちょっとだけ屈折した形で実現し、生業としていました。
また、出入りの出版社には再三の正社員雇用の
申し入れを断り続けたと、俺の叔母にあたる
彼の母親から呆れ口調で度々聞かされていました。
なんかいろいろ、カッコ良すぎます。
彼の病名は若年性のガンで、余命半年と言われた所を
9ヶ月生きたと聞きます。
晩年の彼は俺ら親族ですらお見舞いをひたすら
拒み続けました。
綺麗な彼女さんをこの世に残し、
結婚もせず、子供も残さず、先に逝っていた
ご両親の元へ、最期も一人でフラリと旅立って
行ってしまいました。
お葬式をやらないという方針はおそらく
彼の遺志なんだと思います。
俺に言わせれば、最期まで、彼らしい。
カッコつけすぎです。
---------
そしてその訃報を僕は居酒屋で、お袋からのメールで
知りました。
俺自身かなり前から楽しみにしていた、
お客様の接待の現場で、です。
それを読んだ瞬間は乾杯の直前で、
思わず「んぐっ」って言ってしまいました。
顔から血の気を引くのを感じ、お客様からは
どうしたの?と聞かれてしまいました。
一瞬、喪に服し、お酒を控えるべきかと
脳裏を過ぎりました。
ただ、ただそれは見舞や葬式を拒む「彼」の
本意ではないと思い、ふっ切り、飲む事にしました。
むしろ、ひたすら飲みました。
この日の酒量は何時にも増して多かったように思います。
お陰でお客様とかなり打ち解ける事ができましたよ。
---------
親族、しかも同じ代の従兄弟が亡くなるというのは
俺も初めての体験で、とてもショックです。
俺に近いDNAがこの世から消失したという意味でも…。
でもこういう事が起きると俺はむしろ
「生きてやろう」と強く、強く強く思うんです。
彼の分まで、とは言えませんし言いませんが、
俺が彼を忘れなければ、彼が生きてきた証と
なりますしね。
子供の頃から常に母子の口喧嘩が絶えない、
そしてそれを寡黙に寝っ転がって見守る父親という
マンガのような三人家族でした。
今頃天国でそれが再開されていると思うと、
俺はむしろ何となく微笑ましく思えたりします。
かなり不謹慎カモだけれど。
僕も今生では実現しませんでしたが、いつかあの世で
酒でも飲みたいなぁ。
神様とかあの世とか信じない俺でも、今だけは
そんなことを都合よく考えてしまいます。
ご冥福を祈ります。
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